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塚原史上初、親子で金の着地/体操
<体操>◇16日◇男子団体総合◇決勝
史上初の親子金メダリストが誕生した。3大会連続出場の塚原直也(27=朝日生命)が新・体操ニッポンのリーダーとして団体チームを引っ張った。個人総合での出場は逃したが、団体のゆか、あん馬、つり輪、平行棒で大車輪の活躍。早くから2世選手として期待され、ついに大輪の花を咲かせた。76年モントリオール五輪団体、鉄棒の金メダリストで日本代表監督の父光男氏(56)に最高の恩返しをした。
足踏みを続けた分だけ、喜びは大きかった。月面宙返りを生み出し、5個の金をはじめメダル9個を誇る父親の背中を追いかけてきた塚原が、3度目の五輪挑戦で金メダルを手にした。冨田の着地が決まると「ちょっときました」と、ぐっとこみ上げるものがあった。
物心ついたころから思い出は体育館の中。父は3度の飯より練習が好きな体操の虫。そんな父にサッカー少年だった11歳のとき「オリンピックに出てみたい」と切り出した。88年ソウル五輪の直前だった。しかし、いつしか2世と呼ばれることが重い十字架となった。シドニー五輪で、父が得意だった鉄棒から落下すると、比べられ、メディアなどから批判を受けた。02年には日本選手権で29位と惨敗、どん底まで落ちた。そこから父から壮絶なマンツーマン指導を受けながら、3度目の代表にはい上がってきた。
今大会、思い入れの強い個人総合の出場を逃した。大会直前のチームオーダー。悔しい半面、団体にかける思いは一層強くなった。最初のゆかでミスをしたが、踏みとどまり、得意のつり輪で9・712をマークすると初めて笑みがこぼれた。もう大舞台に弱いと言われた以前の面影はない。ついにつかんだ金メダル。しかも、親子2代は史上初の快挙だった。「これが目標でしたから」。塚原は父との練習、マッサージしてくれたメキシコ五輪代表の母千恵子さんの顔を頭に思い浮かべながら喜びをかみしめた。
「今日は最高の日だぁ!」と叫んだ父は「親子金メダルという感覚はあまりないよ。ただただおめでとう」と照れまくった。父光男氏の76年以来の団体金メダルを息子がもたらすとは、まるでドラマのシナリオのよう。報道陣から父への報告の言葉を問われた塚原は笑いながら言った。「ようやくとれました。3回もかかりましたけど」。【牧野真治】
[2004/8/18/08:32 紙面から]
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