2004年8月31日付紙面から
祭典の陰を映していた妻の涙
ほほを伝う涙をぬぐうのも忘れ、一点を見つめる女性のアップが何度も画面に映し出された。テレビカメラが小刻みに震えているように見えたのは気のせいだっただろうか。女性の名前は千恵さん。元女子レスリングアジア王者で、グレコローマン60キロ級代表・笹本睦選手の奥さんだ。
26日の準々決勝、笹本は明らかな誤審でメダルへの道を断たれた。会場にいたほぼすべての人が五輪V3を目指す相手の反則に気づいていた。だがただ1人、それを見逃したのが最終的に判定を下すチェアマンだった。
勝利を奪われた笹本はマットで両ヒザをつき、叫ぶような泣き声を上げた。スタンドの千恵さんは次の試合が始まっても、マットから目を離そうとしなかった。国際映像のカメラがその姿を追い続けた。
日本でこの場面が流れたかは分からない。ただ、カメラマンは僕と同じ思いだったに違いない。五輪のために全身全霊を傾けてきた夫を一番近くで見守り、支えてきた人の涙。胸が詰まる。選手が自分の力の及ばないところで夢を断たれることに怒りがこみ上げてくる。体操でも採点ミス、ブーイングで採点が修正される不始末があった。最終日、男子マラソンの妨害行為には言葉を失った。
笹本は「やりきれない」と思いを言葉にした。同じ気持ちで大会を去った選手も少なくないだろう。もう2度と同じシーンは見たくない。選手が潔く負けを受け入れられる環境を整えてほしい。メダルラッシュに沸いた日本選手団の中、笹本は北京へ気持ちを切り替えたという。【小堀泰男】
(おわり)
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