2004年8月23日付紙面から
ハイテク五輪どう生かす
遠く離れた日本とアテネが、電話線1本でつながる。パソコンにつなげば日本と同じ情報を入手できる。今や当然だが、考えてみれば不思議なものだ。
野球代表が宿泊するアテネのホテル前には、報道陣が待機するためのテラスがある。時々、ダイエー和田がやってくる。日本にいるチームメートの戦いをチェックしたいという。
ホームページを開こうとするが、携帯電話使用のため接続に時間がかかる。短気な私はイライラして何度もやり直す。その方が時間がかかるのは明白だが、和田を待たせていることが焦りを倍増させていた。悲しい気性である。何度かやり直すと和田が言った。
「ボク、気が長いから少々待たされても平気ですよ。ゆっくりやってください」。この一言で待つ心境になれ、無事に接続できた。
イタリア・パルマでの直前合宿中、横浜三浦からインターネットが接続できないと相談された。記者団が知識を集結するも、なかなかつながらない。無理と判断し「これはダメだな」と告げたが、三浦はあきらめない。情報を収集して1週間。初戦前日の14日にアテネのホテルで接続に成功させた。見事な粘りだった。
アテネは五輪発祥の地である。トレーニングから競技、報道までハイテクになった五輪を、この街はどう見ているだろうか。しかし、勝負は人間であることに変わりない。大事なのは、人が機械をどう使うか。五輪を生んだ街が、そう感じ取ってくれたらと願う。【飯島智則】
|