敗者の涙・敗者の笑顔
<短距離女王ジョーンズ、無冠で去る>
肩を抱き寄せた。
それでも、第3走者ローリー・ウィリアムズはうなだれ、顔を上げることができないでいた。
マリオン・ジョーンズは何か耳元でささやいたが、もはや勇気を失った競技者の魂は、失敗したリレー・ゾーンの端に漂い、行き場を失っていた。
掲示板を見上げたジョーンズに、涙が浮かんだが、それも消えた。
シドニー五輪では3個の金メダルと2個の銅メダルを獲得した陸上競技の短距離女王、ジョーンズは、アテネから何色のメダルも持ち帰ることができない。
金メダルが期待された女子400メートルリレー。ジョーンズはアンカーではなく、第2走者としてバトンを受け取った。スムーズな加速から、ほとんど先頭に並んだかと見えたが、第3走者へのリレーで、「事故」が起きた。ウィリアムズのスタートがやや速過ぎた。ジョーンズはフィニッシュ姿勢ですでに状態を起こしていた。ウィリアムズは一気に加速態勢に入ったが、後方に伸ばした右手にバトンが届かない。もう1度伸ばしたとき、ようやく先端が届いたが、ジョーンズは完全にバランスを崩していて、その態勢からはしっかりとウィリアムズの手の中に収めることはできなかった。ウィリアムズがなんとか、しっかりと持ち直そうとしたとき、すでに規定のリレー・ゾーンをはみ出していた。
失格。
報われたものは、何もない。
記者会見。
「私は、待って待ってとローリーに何度も叫んだのに、聞こえなかった。100メートル以上走っていたので、もうそれ以上加速することはできなかった」。
ジョーンズは国内予選で100メートルに失敗。唯一の個人種目・走り幅跳びには出場したが、2回目の6メートル85は5位がやっとだった。
メダルなし。そして帰国すれば、まだ解決していないドーピング疑惑が待ち受けて、ボーイフレンドのモンゴメリーともども、秋晴れとはほど遠い日々に挑む。
長距離女王、ポーラ・ラドクリフの悲劇は、マラソンだけでは終わらなかった。
1万メートルに出場したが、やはり疲労は抜けておらず、ここでも途中棄権した。肉体だけでなく、心が裂けた。
先頭集団で走り始めたが、中盤で脱落。ソウル五輪でのクリスチャンセンを思い出させる苦痛に満ちた表情で、棄権した。コーチに付き添われ、肩をふるわせて競技場を去った。
ドイツのブリジット・フィッシャーは42歳になるが、今大会で(夏季)オリンピック史上最多タイの9個目の金メダルを取ると、宣言していた。
カヤック(カヌー)競技のベテランで、すでに1980年モスクワ大会から、メダル・ハンティングを続けている。
今大会、すでに金曜日の4人乗り500メートルレーシング・カヤックのメンバーとして金メダルを獲得していた。これで8個。あと1個は、土曜日の2人乗り500メートルにかかっていたが、世界チャンピオンのハンガリーに僅差で敗れた。
もし9個に達していたら、体操のラチニナ、陸上のヌルミ、水泳のスピッツに並ぶ偉業を達成するところだった。
フィッシャーは泣かなかった。
「銀メダルで十分幸せです。これ以上は無理だった。オリンピックに心から感謝している。チームメートに心から感謝している。カヤック競技はすばらしい」。
そして、満足して帰っていった。
9個なら偉業で、8個では偉業ではないというなら、彼女の努力は何になるのだろう。やりやくない日も、やりたい日も、同じように練習に励み、他のものを捨て、専心してきた人生の評価が、たかだ1個のメダルの色で変わるものだろうか。
少なくとも彼女自身は、「これで本当に十分」と感じている。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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