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後藤新弥のDAYS'
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2004年08月16日更新

星条旗はどこに

<NBAがプエルトリコに歴史的な惨敗>

 マジック・ジョンソンが走り、マイケル・ジョーダンが打った。

 1992年バルセロナ五輪に結集した米国NBAオールスターのドリーム・チームはバスケットボールの概念だけでなく、オリンピックとプロ・スポーツの関係に、大きなカルチャー・ショックを与えた。

 それから、12年。

 米国の誇りは、崩壊した。

 ティム・ダンカン、アレン・アイバーソンらの04年バージョンのドリーム・チームは、アテネ五輪予選リーグでプエルトリコと対戦し、73対92で負けた。

 米国が五輪で敗れたのは、72年ミュンヘン五輪ソ連との決勝、88年ソウル五輪での準決勝についで史上3度目。通算成績は109勝3敗となった。

 バルセロナにプロ・オールスターが乗り込んだのは、その前のソウルで「国技」の誇りを持ち去られたことが要因だった。なにがなんでも、というパワー・プレーを強行するほど、米国人にとってのバスケットボールは宝物なのだ。

 そのパワー・プレーは、12年後には役立たずとなってしまった。

 この屈辱を、米国人はどう受け止めるだろうか。

 ひどい内容だった。

 オドムがが3ポイントを決めて米国はリズムをつかむかに見えたが、その後第1Qだけで8回も3ポイント・シュートをはずした。ボールはどこかの国の伝統芸のごとく、ゴールの周辺を漂流し、少しも内側に入らない。

 「初めはプエルトリコと叫んでいた観衆も、あまりの米国のふがいなさに、その失態を笑い始めた」と、試合を見た関係者は言う。

 プエルトリコとはこの1年で5試合し、米国は一度も負けていなかった。にもかかわらず、モチベーションの違いだろうか、チームが全く統一されず、第1Qを20対21でリードされた後も反撃が全くできなかった。第2Qは7対28。

 次のクオーターは21対16と反撃に出たが、逆転はならなかった。

 確かにNBAの主力が軒並み「辞退」して、現実にはオールスター構成は実現できなかった。バルセロナの時のように、対戦相手が試合の前に、「サインして下さい」と米国ベンチにやってきたようなオーラは、このチームにはない。けれど、プロである。負けっぷりは悪くなかった。

 悪びれずに握手し、相手を讃えたが、そういうシーンが美しいのは双方が死力を尽くして戦ったときの話だ。

 プエルトリコは終始守備を固めて、米国をゴール下に寄せ付けなかったそうだ。米国は苛立ち、再三、遠くからの3ポイント・シュートをはずした。きつい守りにあうと何もできなくなることは、すでに今年の練習試合で十分に分かっていたはずで、その対策がなかったことも、ファンを失望させている。

 まだ予選は続くが、星条旗がメーンポールに翻る可能性は、一気に低下した。

 あの国歌は、今大会のバスケットボール会場では聞かれないかもしれない。

 アメリカ国歌。

 1814年、フランシス・スコット・リーという詩人が、「マクヘンリー要塞の防衛」という題で書いたものが、今の歌詩になっている。

 英米戦争の際、メリーランド州の米国の砦が海から英国海軍に砲撃され、ある晩壊滅的な打撃を受けた。「けれどその翌朝、破壊された砦には星条旗がまだ、誇り高く打ち立てられ、朝の光の中で誇り高く不屈の精神を表していた」という感動を歌ったものだ。

 圧倒的な強さを歌い上げているのではなく、

「見よ、あの破れかけた星条旗の勇気を」という、劣勢の側の反撃精神の歌なのだ。

 米国は打ち返すか。

 遠いアテネのことなど、もうどうでもよくなったのだろうか。

 バスケットボールだけではない。

 陸上陣も、かつての勢いを失った。

 大リーグは参加すらしない。

 水泳陣も、苦戦している。

 スポーツ大国は、今、重大な危機に直面している。

 米国は、打ち返せるのだろうか。


著者の言葉
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著者プロフィル
 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
【 詳細プロフィルへ

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