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朝原、魂の2人抜き4位/男子400リレー

4位入賞を果たした朝原(左)と抱き合う末続。手前は土江(撮影・宇治久裕)

<アテネ五輪:陸上男子400メートルリレー>◇28日◇決勝

 メダルまであと1歩だった。陸上男子400メートルリレーで日本自慢の短距離カルテット土江寛裕、末続慎吾、高平慎士、朝原宣治が38秒49をマーク。五輪史上最高の4位入賞を果たした。今大会が最後の五輪となるアンカー朝原は「有終ラン」を飾った。また、同1600メートルリレーでも過去最高の4位入賞。両種目で4年後のメダルがはっきり見えた。

 記憶もぶっ飛んだ。日本のアンカーは長年、朝原の指定席だ。だがこれほど集中したのは、いつ以来だろうか。「ポーランドを抜いたところまでは覚えてるけど、あとは分からない。魂を込めました」。3走高平からバトンを受けた朝原は、自分だけの世界を突っ走っていた。ポーランドに続き、オーストラリアもとらえ順位を上げていった。

 胸を突き出し、4位でゴールを駆け抜けた。メダルか−。そう思った分、満足感にほんの少し悔しさが交じった。それでも五輪では史上最高順位。32年ロス五輪の「暁の超特急」吉岡隆徳らの5位入賞を超えた。一気に万感の思いがこみ上げてきた。「こういう舞台で走るのはこれが最後。特別な思いはもちろんありましたよ」。すでに最後の五輪と明言。花道は自身の快走で締めくくった。

 走馬灯のようによみがえる五輪の記憶は、苦いものばかりだ。96年アトランタ五輪のリレー。オーバーゾーンを犯して失格。責任を1人でかぶった。前回シドニーでは個人種目出場を逃した。最後の五輪と決めた今季、目の色を変えた。練習は東海大に出げいこし、末続らギラギラした若手と一緒に泥にまみれた。昨年は寧々ちゃん出産後のため、世界陸上(パリ)に呼べなかった元シンクロ選手の史子夫人(旧姓奧野)もアテネに招待した。最後の勇姿を見せるためだった。

 チームは1つになっていた。必死に記憶をたどる朝原は「そう言えば、末続の走りをオーーッと思いながら見てた」と言った。エース区間の2走。2レーン外側の世界王者のガトリン(米国)からくっついて離れない末続の姿が目に飛び込んだ。100メートル2次予選敗退の雪辱に燃える男の激走。昨年から急成長した後輩を頼もしく思いながら、最後のバトンを受け取っていた。

 シドニー五輪で肉離れ、03年世界陸上では欠場と、リレーに縁のなかった末続はようやく胸のつかえが取れた。「アンカーにバトンを渡せば大丈夫。朝原さんはそういう存在だった。これからは僕が引っ張らないと。ビシビシ行きますよっ!」。後継者の頼もしいコメントだった。すべてを注ぎ込んで走った朝原の最後の100メートル。その思いはしっかり北京へと受け継がれる。

[2004/8/30/10:10 紙面から]

写真=4位入賞を果たした朝原(左)と抱き合う末続。手前は土江(撮影・宇治久裕)


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