アテネ五輪TOPページへ nikkansportscomホームへ



五輪TOPページへ

五輪サッカーページへ

五輪野球ページへ

五輪競泳ページへ

五輪陸上ページへ

五輪柔道ページへ

五輪日程&結果へ





  写真ニュース
  メダル獲得状況
  コラム一覧
  選手名鑑
  競技場ガイド
  紙面から
  nikkansports.com
五輪タイトル
 nikkansports.com > ATHENS2004 > 紙面ニュース 

 紙面ニュース  

田南部銅、13大会連続メダル/レスリング

地元ギリシャのカルダノフに判定勝ちし、銅メダルを獲得した田南部はガッツポーズ(撮影・宇治久裕)

<アテネ五輪:レスリング>◇28日◇男子フリースタイル55キロ級3位決定戦

 日本男子レスリングの伝統が、チームリーダーによって守られた。メダル最有力と期待されていたフリー55キロ級のベテラン田南部力(29=警視庁)が、3位決定戦でアミラン・カルダノフ(ギリシャ)を下し銅メダルを獲得した。52年ヘルシンキ大会から続いた日本男子の五輪連続メダルを「13」に伸ばした。今大会を現役最後の試合と決めて乗り込んだ田南部にとって、初のメダルとなった。

 伝統の灯は消さなかった。いや、負けられなかった。3位決定戦ではギリシャのカルダノフとの対戦。開始20秒でバックを取りポイントを奪った。動きが軽い。攻め続けた。後半3分すぎには得意のアンクルホールドを2度決めた。7−0の圧勝した。

 「銅メダルはうれしいというより、悔しいという気持ち」。田南部はそう話したが、伝統を守ったことは大きい。ソ連の崩壊で有力選手が各国に散らばり、お家芸と呼ばれていた時代よりもメダルは難しくなった。それでも92年バルセロナの赤石光生と96年アトランタの太田拓弥が銅、00年シドニーでは永田克彦が銀と、際どく最近3大会1個ずつ取ってきた。誤審もあってグレコ勢がメダルに届かず、一身に背負った重圧を田南部が見事にはね返した。試合後、家族のいる観客席に「銅をとった」と3本指を立てた。

 現役最後の試合と決めてアテネに乗り込んだ。準決勝で敗れて金は逃したが、全力は出し切った。「しょうがない。これが自分の力」と素直に負けを認めた。小学3年から始めたレスリング人生の集大成で臨んだ。悔いはなかった。シドニー五輪後、極度のスランプに陥った。減量もつらく妻千穂さん(28)は夢叶(ゆめか)ちゃん(5)と自分の料理を作ったあと、食事のにおいを消すため窓を全開にした。2カ月間、レスリングから遠のき、引退も考えた。

 そんな02年7月、息子魁星君(2)が生まれた。うれしかった。「本当に子供がかわいくてしょうがないんです」。そんな子煩悩の田南部は誓った。「夢叶は五輪に連れて行った。魁星も連れて行かなければ不公平だ」。再びレスリングの道を突き進んだ。

 家族、そして師とともに歩んできた。過去4回出場した世界選手権で6位が最高の田南部がメダルを手にできたのは、全日本の和田貴広コーチとの出会いが大きい。変形アンクルホールド「和田スペシャル」を得意とした達人とビデオで研究し、独自の「田南部スペシャル」を完成させた。昨年の世界選手権でインドの選手が使っていた技を参考に、自分流のアレンジを加えた。

 金メダル候補として2大会に出場し4位が最高の和田コーチは「準決勝で負けて悔しがっていたけど、生き返って実力を出してくれた」とたたえた。「今後は周りの方と相談して決めたい」と田南部。家族、そして師弟でつかんだ銅メダルが、男子レスリング史上に輝いた。

[2004/8/29/09:23 紙面から]

写真=地元ギリシャのカルダノフに判定勝ちし、銅メダルを獲得した田南部はガッツポーズ(撮影・宇治久裕)



 ニュース一覧 記事バックナンバー 
種目別結果へ

五輪ピックアップ
あの感動をまるごと激写!
ロス抜き過去最多メダル!
後藤新弥のDAYS’
Dr.平石貴久のアテネを診る
広部玄のイケイケ
神話の街から
セルジオ越後辛口コラム


前のページへ戻る このページの先頭へ
五輪TOP | サッカー | 野球 | 競泳 | 陸上 | 柔道 | 日程&結果
写真ニュース | メダル獲得状況 | コラム一覧 | 選手名鑑 | 競技場ガイド | 紙面から
nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。