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日本、中国にストレート負け/女子バレー

中国に敗れ引きあげる栗原(左)と大山(撮影・加藤哉)

<アテネ五輪:女子バレーボール>◇24日◇準々決勝

 日本女子バレーボールが、ベスト8で散った。準々決勝の中国戦は、0−3のストレート負け。エース大山加奈(20=東レ)の強打を軸に今大会最高の内容だったが、世界ランク3位の優勝候補に力負けした。2大会ぶりに五輪出場を果たしたが5位に終わり、20年ぶりのメダルには手が届かなかった。お家芸の完全復活は、08年北京五輪に持ち越された。

 大山がレシーブをミスした瞬間、日本のアテネ五輪が終わった。0−3で中国に敗れたが、できる限りの抵抗はした。大友が、吉原に声を掛けた。「また、来よ」。34歳のベテラン主将は、これを聞くと涙腺(せん)を緩ませ、無言で控室に消えた。日本女子バレーが8年ぶりに迎えた五輪の夏は、ベスト8で幕を閉じた。

 3セットとも、序盤はリードを奪った。だが、要所でポイントを許し、逆転された。昨年のW杯覇者は、試合巧者だった。4月の中国遠征は5戦全敗。力の差は縮まったかに見えたが、勝敗をひっくり返すレベルには至らなかった。柳本監督は「8年間、五輪を経験していないチーム。キャリアの差を心配していた。初出場が10人。そこが五輪でもろに出た」と敗因を語った。

 エース栗原は5得点にとどまった。「言葉が見つからないので。すいません…」と言ったきり、涙にくれた。一方で、強打の大山は両チーム最多の16得点。その分、ブロックに止められたが、最後まで強気に打ち抜いた。吹っ切れたように、ボールに魂を込めた。「負けたことは悔しいけど、チームが1つになって戦えた。世界のチームの勝負に対する意気込みが勉強になった。本当にいい経験をしたので、これをしっかり次につなげたい」。初めての五輪で得た収穫は大きかった。

 出場を逃したシドニー五輪後、4年間継続した強化ができなかった。02年9月の世界選手権は史上最低の13位。どん底まで落ち、同年11月に前任の吉川監督が解任された。柳本監督の就任は03年2月。五輪切符をつかむまで上昇気流に乗ったが、熟成しきれなかった。

 長い目で見れば、女子バレーは復活の過程にある。96年アトランタは9位、00年シドニーは参加すらできなかった。84年ロサンゼルスの銅を最後にメダルはないが、アテネの8強入りでブランクはわずかに埋まった。シドニー当時、中学2年だった木村は、この日の終盤コートに立った。大山、栗原はともにまだ20歳。「4年後? 大山や栗原がチームを引っ張っていくことが第1条件」と柳本監督は期待した。完全復活の夢は、ロサンゼルス五輪の年に生まれた2人に託された。【佐々木一郎】

[2004/8/25/08:51 紙面から]

写真=中国に敗れ引きあげる栗原(左)と大山(撮影・加藤哉)



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