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男子柔道の泉に9人兄弟パワー
日本代表選手を育てるには兄弟姉妹が多い方がいい!? アテネ五輪柔道男女代表の14人は、全員が兄妹に恵まれている。中でも男子90キロ級の泉浩(22=明大4年)は9人兄姉の8番目で、兄姉の数では今大会日本代表選手中最多。マグロ漁を営む青森県大間町の大家族にはぐくまれたたくましさを武器に、金メダルを1本釣りする。
本州最北端の町で、泉は9人兄弟の8番目として生まれた。マグロ、イカ、昆布漁で生計を立てる両親と姉4人、兄3人、妹1人。少子化が叫ばれる昨今では珍しい大家族だ。
「小学校の時はよく漁に出ていた。1つ上の兄貴とはよくケンカしました。いつも使われたから」と泉は言う。家族が1つの小さな社会だった。兄弟と衝突しながら自然に人間関係を学び、わがままが通らない世の中の仕組みを覚えた。小学校高学年の時にはふざけて海に落ちておぼれかけ、兄に助けられた思い出もある。サイダーのビンを力いっぱい振り、1ダース分を家の窓ガラスにぶっかけたりもした。助け合い、一緒にいたずらをする。かつての人気CMのフレーズ「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」を地でいく生活だった。奔放さとともに兄弟の中でもまれて自然に身についた我慢と忍耐は、小2から始めた柔道に生かされた。
小学校卒業と同時に上京し、古賀稔彦や吉田秀彦を輩出した東京の名門柔道私塾・講道学舎に入門。方言が抜けきれず言葉が通じない悩みから、ホームシックにもなった。全国から素質ある少年が集まる中で2番目に弱かったが、地道な努力ではい上がった。もし大家族の中で育っていなかったら、とてももたなかったかもしれない。9人の子供を育てたゴッドマザー裕子さん(57)は「普通の子でしたよ。手のかかる子じゃなかった。中学から東京に出す時は不安もありましたが、他の同級生も同じだから。ずっと親元にいるより本人のためになりますからね」と穏やかに話す。
父忠志さん(63)からは「10年でものにならなければ戻ってこい」と送り出された。昨年の世界選手権は代表を逃したが、その後の講道館杯、フランス国際を連勝して五輪切符を獲得した。94年に家を出て今年がちょうど10年。「消波ブロックの上をばかみたいに走り回っていた。それが今の下地」と泉。心身両面で家族と暮らした大間町時代がベースになっている。両親はアテネに駆けつけ、残留部隊は実家に集まって兄弟パワーを送る。アテネ五輪に出場する日本選手の中で、誰よりも愛情にあふれた力強い応援が金メダルにつながる。【岡山俊明】
[2004/8/4/10:12 紙面から]
写真=9人兄弟の8番目、男子90キロ級の泉浩は兄弟パワーで金メダルを狙う
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