2004年8月20日付紙面から
ギリシャの野球場は”ビックリ箱”
白い凶弾に狙われた。17日、野球の日本−キューバ戦の4回。キューバの6番ペスタノが、松坂の2球目を打ち損じた。打球はうなりを上げてネット裏の記者席に飛び込み、設置されているテレビを直撃。記者たちは逃げ惑った。
アテネの球場はバックネットが低い。記者席から見ると、打者のヘルメットとネットのてっぺんが重なる。これでは防ぎようがない。松坂の速球にキューバのパワースイングが加わって、ボールには強烈なスピンがかかる。アテネのスタジアムは一瞬の油断もできない「戦場」だった。
古代文化で知られるギリシャだが、野球文化はないに等しい。開催が決まった98年に競技の歴史も始まった。ネットの高さなど気にせずに球場がつくられたのだろう。こんなこともあった。オランダ戦の2回。二塁封殺でイニングが終了したのだが、同時に三塁走者が本塁を踏んでいた。得点には認められないが、スコアボードには1点多い「3」が掲示された。中畑ヘッドコーチが2度抗議してようやく取り消し。「そんなことまで抗議しないといけないんだよ」と同ヘッドは笑うしかなかった。
ボールボーイの数が足りず、審判がファウルボールを取りに行くシーンも。日本では考えられないことが、アテネのグラウンドにはいっぱい転がっている。
試合後、テレビの被害状況を見に行ったが、少しへこんだだけ。ギリシャの野球には驚かされるが、日本製品の頑丈さもまた、おそるべし。【田口真一郎】
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