金メダルを返せ
<IOCは「まあよいではないか」作戦か>
ハンマー投げの室伏広治は、実質的には競技で優勝していたのだ。
IOC(国際オリンピック委員会)には、司法取引のような「政治的情状酌量」にズルズルと逃げ込むことなく、時間切れであいまいな処理に持ち込むことなく、正々堂々と、オリンピックの正義を通して欲しい。
これは、JOC(日本オリンピック委員会)とIOCの対決でもある。JOCに、エールを送ろう。慌てず、焦らず、あきらめず、最後まで戦い、室伏に金メダルを持ち帰らせて欲しい。
すでに報じられている通り、ハンマー投げで優勝したアドリアン・アヌシュ(ハンガリー)は競技のドーピング検査の結果に強い疑いをもたれている。
同国の円盤投げ金メダリストのファゼカシュが競技後の検査を拒んだため、メダルはく奪処分を受けている。両者は同じコーチについており、周囲からは「薬物を使っているのではないか」とかねてうわさがあった。急激な記録の伸びに、そのような疑いの目が向けられた。
証拠も無いのに疑うのは、卑怯(ひきょう)なことだが、火の無いところに煙は立たないともいう。
「アヌシュが尿を少量しか出さなかったのは、やはりファゼカシュ同様に「クロ」で、検査をなんとか逃れようとしたのではないか、と日本(JOC)がかみついた。
IOCは「量は少なかったが、問題はなかった」と当初は発表したが、日本側の突き上げで「疑いはある」と声明した。再検査を実施すれば、どちら側にも納得のできる結論は出る。
出るはずなのに、アヌシュは「屈辱的な疑いだ。私は引退する。再検査は受けない」との意向を代理人を通して発表した。
再検査を受けないのではなく、(クロだから)受けられないのだろう、と、われわれは思う。
必要なのは、IOCが五輪期間内に「再検査する」と発表し、アヌシュに再検査を正式に通達することだ。
その場合、アヌシュが公式に拒否すれば、その時点で(理屈の上では)金メダルははく奪となる。
しかし、なんだかんだと「公式の再検査」が設定されないと、このまま時間切れとなり、JOCの抗議もむなしく、あいまいなままアテネ五輪が終わり、結果が確定してしまう可能性が強い。
IOCは今回の五輪に際し、「薬物使用との最後の戦い」のつもりで、厳重な態勢をしいてきた。事前の抜き打ち検査も念入りだった。ギリシャの聖火最終走者ケンデリスをも、駆逐した。
その成果は十分にあがっている。
警戒すべきは、「もう、いいではないか」というムードと、「同一競技で同じハンガリーから、いけにえは2人はいらないだろう」という行政的判断だ。
検査結果がクロでも、違反を公表してメダルをはく奪するかどうか、「行政的判断」が加わるのは、珍しいことではない。
ある五輪では、花形種目で男女とも優勝者の違反が発覚したが、「五輪のイメージ」を尊重し、男子だけ失格にした(らしい)事例がある。推測の域を出ないが、この推測にはほとんどの関係者が異論を差し挟んでいない。
大会も終わることだ、よいではないか、と代官が言う。長老が、「おぬしも悪ようのう」と笑う。
そういう着地は、させたくない。
JOCの頑張りどころだ。
もっとも、室伏選手自身は、「どうでもいい」と思っているかも知れない。あまり、メダルの色を気にするタイプではない。もう、北京のことを考えているのではないか。
彼が初めて千葉の成田高校にやってきて、父親と一緒にハンマーを投げた日を思い出す。その後で、成田高校の滝田詔男監督と一緒に、3人でうなぎを食べた。
礼儀正しく、強い光の目をした少年だった。
滝田監督は病気で他界したが、逝く間際、「でっかい目をぎょろっとむいて、これからはお前の時代だ、と言ってくれました」(室伏)。
増田明美を育て、室伏を世界に送り出した滝田監督は、どんな思いで「チャンピオンの帰国」を迎えるだろうか。
今、ここにいてほしかった。
そう思うと、このオリンピックは限りなく悲しく、寂しい。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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