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後藤新弥のDAYS'
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2004年08月19日更新

古賀そっくりだ

<あのバルセロナを思い出させた柔道谷本>

 いきなりコーチの古賀稔彦氏に抱きついた、女子柔道63キロ級の谷本歩実(23)。

 後で古賀氏は「いやあ、びっくりしたが、やっぱり体重63キロ。かなり手応えがありました(重かった)」と苦笑していた。

 五輪直前になってから、谷本はかなりやるのではないか、との声が高まっていたが、まさか初参加で金メダルとは、予想できなかった。

 内容が際立っていた。

 すべて一本勝ち。強気、強気で「技を決めずにはおくものか」といった気迫の柔道だった。5試合の平均が61秒。92年バルセロナ五輪で、骨折を克服して金メダルを取った、あの古賀を思い出させるキレと鋭さがあった。

 そう言えば。

 古賀氏と抱き合った後の顔が、コーチそっくりだった。

 勝ったときに両手で顔を覆うしぐさ、ほほを少し下に動かして、口を「への字」にする表情。その気になって見直すと、投げる微妙なタイミングや癖までが、あの時の古賀そっくりに見えてくる。

 目つきが似ている、軽く飛び跳ねるときの手の位置が似ている、帯を締め直すしぐさが似ている。師弟。

 師についていこうと決断した、その気持ちの強さが、「師を注視する」密度につながり、おそらくはごく自然に、谷本は古賀氏そっくりになったのではないだろうか。

 妹さんや、母上をテレビ中継で見て比較したが、柔道着の谷本は、家族より、はるかに古賀氏に似ていた。

 けれど、表彰式が終わって、記者会見をすませたあとは、家族に似ていた。


 谷本は、勝ち気かもしれないが、水泳の北島がそうであるように、実に繊細で、弱気でもある。スポーツの勝負師にはしばしば見受けられる二面性で、最近も大リーグで活躍した豪傑ストッパーが、日本での3連敗を苦にして「引退したい」と騒ぎを起こした。

 谷本も、強気と弱気の波の激しい選手だ。

 昨年の世界選手権で負けたときは、相当に落ち込んだらしく、関係者は「明らかに自律神経失調症で、病気にかかり、どこかが本当に悪いのだと信じ込むありさまだった」と、振り返る。

 そうした自分を乗り越え始めたのは、逐一、その日の自分を日記に書き付ける習慣を持ったことと聞く。それによって「もう1人の自分が、今の自分を見ている」という客観的な視点を持つことで、日常の感情の起伏に対処しやすくなったようだ。

 もうひとつは、コーチ古賀を信じ切り、迷いをなくす決断だった。

 もともと、愛知県の大石道場育ち。吉田秀彦氏の後輩だ。古賀氏が、その吉田氏との練習で骨折する事件があったのが、バルセロナ五輪。10歳のとき、それを道場のテレビで見たそうだ。そのときから、古賀氏にあこがれていた。

 筑波大で山口香さんの指導を受け、日本代表入りした01年ごろから、古賀氏に師事した。

 「古賀先生は、私の弱さを分かってくれている」と、尊敬の弁を話したことがあったが、古賀氏は「最近になって、ようやく独り立ちできるようになってきた」と成長を語る。

 勝手な解釈をすれば、「もう1人の私」役を古賀氏に依存していたのが、不振を乗り越えたことで「自分の内側に」もう1人の自分を置くことが、次第にできるようになったのかもしれない。

 古賀氏がバルセロナで勝ったとき、1番うれしかったのは、ケガをさせた吉田氏だったかもしれない。今回、谷本以上にうれしいいのは、指導者として大きな仕事を成し遂げた、古賀氏かもしれない。その愛弟子が吉田氏と同じ道場育ち。

 何か、ふしぎな連還(リンク)を感じさせる。

 もう1人の私。

 雑誌「日刊スポーツ・グラフ」アテネ五輪特集のインタビューで、福原愛さんが、こんな話をしている。12頁目。「いつも周りにいっぱい人がいて、いろんなことを言うの。それを自分できちんとまとめるのが大変。でも、もう1人の福原愛がいるから大丈夫。私を見ているもう1人の自分がいないと、追い込まれちゃう、、。」。

 卓球少女は、いまだにマスコミには少女、ひどいときは幼女扱いされているが、ここへきて顔つきが変わった。内面の大きな変化を感じさせる。わがままで、甘やかされて、このままではこの子は大成しないと感じた時期があったが、いつどうやって、変わったのだろう。実に不思議で、すばらしい変化。彼女は、強くなった。北京のメダルを狙うに十分な選手になった。


著者の言葉
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著者プロフィル
 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
【 詳細プロフィルへ

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