躾(しつけ)の美しさ
<体操ニッポンの金メダル、懐かしき味>
日本時間17日。朝の5時半を時計が回る。
体操は最後の鉄棒になった。
中国がふてくされたような演技をした。中国らしくない。強い、弱いは時の運。負けっぷりがよくないのは、未来を暗示する。
ルーマニアも米国も、ミスが出た。着地の失敗などの大きなミスだけでなく、細かな技に、失敗が多い。これだけのプレッシャーを受ければ、仕方がないのだろうか。それが当然なのだろうか。
けれど、本当に強い選手は、「重圧を受けたら、本来の100%ができなくなることもある。8割でも勝てるように」人の何倍もの練習を重ねる。
現代の体操は、もはやそのような習熟を許さないレベルに達しているのだろうか。だとすれば、日本にも、あまりチャンスはない。
7位でスタートした。じりじりと順位を上げたが、まだ追いつかない。5種目目の平行棒を終えて僅差の2位。しかし3位の米国が追いつめてきた。すべてが、日本3選手の演技にのしかかってきた。
とても、「3人ともノーミス」でこの難局を切り抜けることは、できないように見えた。万が一切り抜けたら、劇的な金メダルなのだが。
胸を圧迫される思いで、米田の演技を見た。クリア。次は鹿島だ。9・825。さらに冨田が、9・850。合計29・262。ルーマニアを逆転するには28・574で十分だった。勝ったのだ。
ルーマニア勢はさすがに失望の色を見せたが、3人ともノーミスという完ぺきさに、米国勢は「かなわないよ」とでもいいたげに、笑い、そして拍手した。ライバル、脱帽だ。
「心理的に影響されるから、ルーマニアの演技は見ていなかった。重圧はもちろんあったが、自分の演技をミスなしでやり通すことだけ考えた」。テレビ朝日の番組(スーパーモーニング)内で、現地の選手と話す機会があったので「その瞬間」を聞くと、富田はそう答えた。
日本の団体優勝は、実に7大会28年ぶり。この前勝ったのはモントリオール五輪だった。
勝ったこと自体も評価したいが、勝ち方が懐かしい。
ルールの変化の波に翻弄されたと言えばそれまでだが、モスクワ五輪(不参加)以降の日本はそれまでの「基本の基本に忠実に。その土台の上に立って独創的な技を開発し、習熟する」日本のパターンを崩してしまった。
へんな言い方だが「大技」へ逃げ、他の強豪と同じように、パフォーマンスで勝とうとした。かつての名選手で今はジュニア指導の遠藤幸雄氏は「大技も必要だが、それを練習の積み重ねで確実にしたとき、初めて美しさが生まれる。そこまで習熟する練習の積み重ねが、なくなった時代だった」と話していた。
土壇場での精神力の強さ。集中力。それこそ日本の持ち味だ。
北島の金、谷の金、野村の金、内柴の金。メダルの味はそれぞれ違うが、今大会の体操団体金メダルは、そのなつかしい「日本の味」がする。
ミスをして不思議はない状況でも、絶対にミスしない。個人の種目別ならこれをやるのだが、しかしチーム戦ではノーミスを優先する。そういう断固たる決意が、チーム全体にあった。
そうした精神面の強さは、むろん基本重視と、練習にあった。基本とは、例えば手の握り方、輪の持ち方、倒立の姿勢、足先の向きといった基本の基本だ。体操の躾(しつけ)である。今回のチームは、ジュニア時代から「パフォーマンスより、まず基本」をいやというほど仕込まれてきた。どんな時でも、どんな「軽い練習」でも、きちっとした基本を求められた。その土台に立脚した練習の積み重ね、技の開発努力だった。
いまでは躾という言葉は大切にされなくなったが、自由奔放だけでは、真のチャンピオンは生まれない。
土壇場の重圧で頼れるのは、結局その「基本という土台」の確かさなのだ。
支え役として見事な仕事をした最年長27歳の塚原は、「最初の演技では、頭の中が真っ白だった」と、その緊張ぶりを悪びれずに告白した。真っ白になってもあれだけのことが、なぜやれたのか。
スポーツの真髄を物語る、核心部分がそこにあった。
他の競技にも、参考になることだ。
例えば女子バレーボールには、そういう「確たるもの」ものが、まだチームとして存在しない。そういうことは、日本での「アテネ行き切符獲得」の騒ぎをみただけで、心ある人なら当然分かっていたことだ。本番での苦戦は当然で、柳本監督は次の北京大会に何が必要か、痛いほど理解しているに違いない。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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