水の自然児フェルプス
<スピッツの金7個より、この初メダル>
フェルプスは、もし1972年にマーク・スピッツがマークした金7個に並びかければスポンサー企業のスピードから100万ドルのボーナスを受けとることになっている。
スピッツは、アラブ・ゲリラの襲撃というミュンヘン五輪の惨事の中から浮かび上がった英雄だった。初めから自分はスターであると表明し、映画界にデビューするのだと宣言していた。当時、水泳はじめ、アマチュア・スポーツで金を稼ぐことは全くできなかった。映画俳優になることが、最も一般的な「換金方法」だった。
フェルプスは19歳で、金には関心を示していない。興味があるのは金メダルで、それも「1個でいいから欲しかった」と、メダルの数でスピッツと肩を並べることに、周囲ほど関心がない。
当然のことで、スポーツの本質は「他人にもわかりやすい」数字や金額ではなく、「内側の炎」をいかに外側に表現するかだ。
その意味で、若いフェルプスは、まだ純なオリンピアンだ。
土曜日の400メートル個人メドレーは、「泳ぐとはこういうことか」とあらためて感心させられる、まるでカツオかイルカのような自然さをアピールした。こういう風に泳げたら、さぞプールも楽しいだろう−−ため息が出た。
フェルプスは、開幕前、マスコミを相手にこう話した。「メダルではない。いかに水泳が楽しいかを、僕も世界にアピールしたい。それが僕の一番大事な義務だ」。あまりにも優等生的で、まるで誰かに原稿を渡されて読んだようなセリフだとその時は感じたが、あのメドレーでの世界新記録4分8秒26、特に苦手なはずの平泳ぎでのロスの少ない、動きを抑制したような「滑り」を見た後では、この少年はまさにオリンピックの神髄を突いて居るのだ、と確信せざるを得なかった。
「オリンピックの表彰台に上るのは、どんな感じなのだろうと、小さい頃から(まだ十分小さいのだが)夢見ていた」。
外電によると、前夜(つまり金曜日)は、夕食後チームメートと遊ぼうとしたが、もう寝てしまった後なので、1人で自室でビデオを見たそうだ。1980年冬季五輪で、「おむつライン」と呼ばれた無名の若者チームが、見事にアイスホッケーで優勝した奇跡のドラマが、お気に入りだそうだ。
けれど、さすがに土曜日の夜は眠れなかったという。
日曜日の200メートル自由形予選は、最初の50メートルでは4位、最後にやっと先頭に立って1分48秒43でゴールしたが、全体では5位という、やや期待はずれのものになった。
日曜日夜の準決勝の後、月曜日の決勝で豪州のイアン・ソープと対決する。
すでに土曜日に400メートルの金メダルを獲得しているソープは1分47秒22で全体のベストタイムだった。2位はオランダのホーヘンバンド。
ソープは国内予選でフライングしてこの種目に失格、しかしスティーブンスに譲ってもらうかたちで、五輪出場を決めた。相当のプレッシャーがあったのだろう、硬い泳ぎだったが、さすがベテランで、フェルプスとは対照的に、リラックスした大きな泳ぎを取り戻している。
実はフェルプスにも、同じような内圧がある。
米国の400メートルリレー決勝のメンバーが正式発表されたが、五輪で8個のメダルをとってきた「長老」ゲイリー・ホールのいすを奪う形で、フェルプスがリストに加わった。
フェルプスは国内予選の自由形100メートルに出場しておらず、ホールは不快感を表明している。
なぜ?
アテネ現地の取材陣に聞くと、ホールはこんな話をしているそうだ。
「私が出たいという思いはある。選手なら誰だってそうだ。けれど、フェルプスのこと−−スピッツの7個のメダルに並ぶーーでよけいなプレッシャーをコーチ陣が背負い込んでいる現状は、どうかしている。そのセットアップの犠牲となっているように私には見えるが、そう思うのは私だけではないだろう(フェルプスもコーチ陣も「話題性」の犠牲になっているのだ)」とホールはコメントした。
それはそれで、ベテランのオリンピアンらしい意見だと思う。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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