歴史の扉を蹴破るゴール!
<荒川恵理子、スウェーデンGKを翻弄>
*まだ3分もある〜*
ボロス(ギリシャ)に女子サッカーの応援にでかけた関係者から、「勝った、勝った」と国際電話が入ってきた。「1−0で勝ちました。あ、まだです。まだ3分もある〜」。
落ち着けよ、大丈夫だよ、このまま勝つよ、ほら、GK山郷が時間稼いでいる−−と、NHKの衛星中継を見ながら、こちらがなだめるほど、現場は興奮状態。しかし選手達は、走ろうとしても極端に短いストライドで小走りしかできない状態に追い込まれても、なお闘志と冷静さと、自信を失っていなかった。
ロスタイムに失点することは、考えられなかった。それほど、「なでしこ」は優れたユニットとなって戦い続けた。
そして笛が鳴った。
オリンピックは、正式にはまだ開幕すらしていない。
なのに、なぜ鮮烈な感動がわき起こるのだろうか。
「あのねえ、ギリシャの人が、おめでとうって。東京にそう言ってくれって。ようこそアテネ五輪へって、言ってくれって」。
騒ぎが始まったのか、そこから先はよく聞き取れなかった。
*バレーボールの選手?*
ゴールを決めた荒川の両親=父富蔵さん(65)と母栄子さん(64)=も、東京板橋区で経営するラーメン店「元祖サッポロ」を放り出して、客席にいた。「きっと決めてくれると思ってました」。母は笑い、そして泣きそうな顔になったそうだ。
ラーメン屋の娘は24歳。五輪を前に、心に誓うものがあったのだろう、「アフロ風オババ・パーマ」の髪型に直した。
前半24分、相手DFと絡みながらも、シュートは飛び出してきたGKを見事に抜いた。
普段は西友の練馬店でレジを打っている。
日刊スポーツ新聞本紙では7月29日付けで、女子サッカーを特集し、北村典子記者がこんなエピソードを紹介していた。
−−五輪出場決定後、同店の社員たちが1口100円でカンパをし、集まった数万円を激励金として荒川に贈った。通常時は平均して週3回程度の出勤で、試合や練習日程に合わせてシフトを組んでもらっている。勤務時間は朝9時30分から午後4時まで。出勤したときも、午後6時30分からはクラブの練習に出る。周囲のサポートがあるから、サッカーに没頭できる。
−−それでも、女子サッカーの認知度はまだまだだ。北朝鮮戦でゴールを挙げてアピールしたはずなのに、レジ打ちをしていると、顔をのぞき込まれて、「五輪代表でしょ? バレーボールの人ね」と言われ、こけたそうだ−−。
ひょうきんな3枚目を演じるが、関係者に聞くと実に冷静な部分を持っており、決して舞い上がることもない。地に足が着いた強さを持っている、とのことだった。
まさにその通りのゴールだった。
*歴史の扉を蹴破った*
控えGK小野寺志保さんのことを、本欄でも先日書いたばかりだ。
Lリーグは、そういっては語弊があるかもしれないが、「お金」の面では、あっても無きに等しい存在。女子サッカーの灯を消したくないという、ただその一念で、彼女たちはボールを追いかけてきた。だれのためでもない、ひたすらにサッカーのためだった。もしアテネ五輪出場がなければ、女子サッカーに未来はなかった。
ちなみに、協会登録人数は、男子が78万、女子が2万(前述の本紙記事から)。差は、あまににも大きい。
「出場したから、何が変わるというものでもないかもしれない。それでも、出場しなければならなかった」と、小野寺さんは話していた。
何も変わらない?
バンテサリコ競技場のスタンドには合計63人の日本人応援団が陣取り、小林弥生の友人たち3人が浴衣姿で声援し続けていた。中立のはずのギリシャ人たちが、時間経過とともに日本のサポーターになり、一緒に「ニッポン」をやったと言う。間違いなく、何かが、変わり始める。荒川がゴールを決めたとき、新しい歴史の扉が蹴破られたのだ。
流してきた汗と涙は、決して無駄にはならないだろう。
*上田マジック*
上田監督は、「相手の弱点」に意識を集中させることで、選手に自信を与え、実戦での強さを開発させる名人だという。
いわゆる「イメージ・トレ」で、できもしないことをできると信じてみたり、自信もないのに勝てるのだと言い聞かせてみたり、というトリックは、決してよい結果を結ばない。
上田方式は、「現実に今あるもの」に着目し、しかも自分たちの自信のなさとか弱気、虚栄心にではなく、「相手チームの弱点」を、ビデオも駆使して選手の心にたたき込むのだそうだ。
「この相手には、実はこんな弱点がある。ほれ、見てみろ。だから、ここを着けば、自分たちは勝てるのだ」と、全員に徹底させ、全員をその気にさせるのだそうだ。
今回は、スウェーデンのDFのもろさ、特にGKとDFラインとの連係ミスの多発を指摘していたと、内々に聞いている。
それが当たった。
前半24分、荒川はゴール前でまさにGKのミスを誘発して、「なでしこ」ゴールを蹴り込んだ。
日本女子サッカーが五輪で勝ったのは、これが初めてのことである。ランク13位ながら、W杯準優勝でランク4位の強敵を1−0で下し、これで準々決勝進出に大きく前進した。
川淵三郎・日本サッカー協会会長は「上田監督が仕掛けた狙いの通りになった。頼もしく成長している。前半のサッカーができればベスト4も狙える」とコメントしているそうだ。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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