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後藤新弥のDAYS'
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2004年08月02日更新

なでしこの現実と真実

<サッカー日本代表GK小野寺志保さん>

 「なでしこ」と名付けられた女子サッカーのアテネ五輪代表の最年長30歳。

 小野寺志保さんは、控えのGKで、チームのまとめ役だ。

 実際にアテネのゴールを守ることはないかもしれないが、Lリーグを支え、代表をリードしてきた人間性に、サブ要員はいない。

 日刊スポーツの公式テレビ番組「スポーツ・オンライン」(土曜日夜11時10分から、CS放送「朝日ニュースター」=スカパー!256CH)では、アテネ五輪直前企画として、彼女をインタビューした。

 神奈川県大和市の出身、野球が大好きな少女だった。小学校で1度サッカーの全国大会で優勝するなどの体験をしたが、当時は野球に夢中で、中学でもソフトボール部。読売ベレーザに入団したのは、「女子には高校野球が開かれていない」壁にぶつかったときだった。

 「高校1年で、すぐ入団テストを受けて、GKが1人しかいなかったので入れてもらえた。でも先輩達の技術や体力はとてもついて行けなかったし、当時のベレーザには強さと誇りがあって、なんでも実力主義だった。下手くそな私に優しい声をかけて仲間に入れてくれる、なんて風潮はなく、仲間になりたいなら実力ではい上がってこい、というムードでした。そもそも強いから、GKなんてほとんど仕事がない(笑い)。控えのGKなんてだれも相手にしてくれなかった。ウオームアップのボール回しからもうついて行けず、毎日悔しくて、泣いてました。ラッキーなことに、先輩GKが代表に呼ばれて不在だったことがあり、それでLリーグに出場するチャンスがありましたが、合宿でもひとりぼっち。スウェットで寝るのがふつうなんですが、そういうのも知らなかったので、私1人、パジャマを持って行って馬鹿にされた。とにかく仲間に入れてもらうのに、それだけのサッカーが出来るようになるまでに、私はすっごく時間がかかりました」。

 「私がそうやって本格的にサッカーを始めた時期(89年ベレーザ入団)がちょうど女子サッカーが大きく花を開いたころで、そこから96年アトランタ五輪出場決定まで、えっ、こんなに人気があるの、と驚くくらいに進んでいきました。でもその直後から一気に冷え始め、シドニー五輪に行けないとなると、プロリーグとしての体裁すら保てなくなったんです。スター選手もプロとしてのサッカーは不可能になり、辞めていく人も当然多かった。結果を出しても冷えていく、出さなかったらもっとドン底に落ち込んで、女子サッカーが存在しなくなるんだ。そういう現実を体で感じたんです。ある意味では、その時の恐怖感というか、切なさが、今も体の中に染みこんでいますね」。

 「今だって、地方のだれも来ない競技場、いえ競技場の練習場とかで試合して、着替えなんか老人ホームをお借りして。おじいさんなんか突然入ってきたりして、などと笑いながら着替えていると本当に入ってきたりして(笑い)。女子サッカーって、そういうんです。だれも見に来てくれないことだって、ある。それでも、私たちが今サッカーしなかったら、本当に日本には女子サッカーが無くなってしまうんです。だから我慢している。耐えているというのだけではなく、もちろんサッカーの素晴らしさを体験できる喜びも感じていんですが、こういう状況だけに、アテネ五輪へ行けることは、それだけで大切なことだし、本当にうれしいんです。メンバーから落とされるのではないかと、とても怖かったし」。

 「代表は控えのGKで、試合に出ることはないかもしれませんが、そもそもGKって、試合中も常にボールに触っているわけではない。けれど全身で緊張し、今ボールが来たらどうするとか、DFの位置がこうだから、右に来たらこうなるか、とか、頭の中では本当に密度の高いプレーを続けているんです。それはプレーしていてもしていなくても−−ベンチにいても−−全く同じことなんです。もちろん出たい。以前は、代表戦で出してもらえないことに腹を立てて、監督に突っかかって、大泣きしたこともありました(笑い)。10年も我慢して、なんでまだ出してもらえないんですか、私の人生はなんですかっていう調子で。でもベレーザでも控えの時代はあったし、だから今はそういう風には、出るとか出ないを見なくなりましたね。だから30歳でもまだ続けていられるのかもしれないし(笑い)、これからもまだやっていきたい」。

 以上のような主旨の話を、さわやかに笑いながら、小野寺さんはしてくれた。使命感、などという大げさな言葉を避け、いかにも等身大の、さりげない話し方だったが、ジンとする内容だった。

 (番組インタビュアーは日々野真理さん)

 「オレがぁ」という口調で自分を語り、意欲を語る選手は多い。しかし謙虚さを感じさせる選手は少ない。「世界には強い人がたくさんいる。未熟な自分では、とてもメダルなど取れないだろうと思うが、精一杯頑張りたい」といった姿勢の−−いかにも日本的な、武士道精神的な選手は、少なくなった。

 なるほど、なぜサッカー協会が「なでしこ」などという(とても古くさい、懐かしい)ネーミングにしたのか、小野寺さんを見ていて、分かったような気がした。

 見た目に美しい選手は多くなったが、心の美しさを感じさせる選手は、そう多くはない。

 彼女は言った。

 「結果を出しても、何も良くならないかもしれない。けれど、結果を出さなかったら、女子サッカーが無くなってしまう」。

 その決意。

 尊いと思う。

著者の言葉
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著者プロフィル
 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、58歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
【 詳細プロフィルへ

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